WINDOW RESEARCH INSTITUTE

連載 パリ窓コラム

第1回 フランス窓 ─パリの呼吸と眼─

舟木嶺文(studio D architects)

17 Sep 2015

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Architecture
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私がパリで生活を始めて6年が経った。自身の日々の生活が常に変化する中で、パリの街並みは変わることなくそこにあり続ける。通りやセーヌ川の向こう岸に見える小さな窓が並ぶ壁の風景は、私がここにくるずっと前から変わることなく、また室内から窓越しに見える通りの往来は非日常のような賑わいを感じさせるが、それはパリの営みの中で何度も繰り返されている。

窓はパリという都市の歴史や文化の中で、建物の一要素でありながら決して小さくはない役割を持ち、一つの象徴として存在してきたことに疑いはない。一方でパリの生活の中で窓の周りで起きていることのほとんどは、日常的なことであるかあるいは日常の中のほんの些細な変化にすぎないのも事実である。

パリの窓とは? 今現在その本質を率直に答える準備がない。その答えが本当にあるかもわからない。ひとまず、立ち止まってしまいそうなこの問いを前に進めるべく、様々な「パリの窓」の断面を一つずつ切り開いていこうと思う。パリの窓の浮上を期待し、それへの接近を目指して。

  • 様々なパリの風景と窓

Episode1

  • アパルトマンの寝室

少し遅い朝に目が覚める。向かいの白いアパルトマンの壁に反射した光がやさしく部屋の中に差し込んでいる。暖められすぎて緩んだ室内の空気の交換と昨夜の酔いさましを兼ねて、白く大きな縦長の窓を開ける。この窓はフランス語で「la fenêtre à la française」直訳すると「フランスの窓」。日本では「フレンチウィンドウ」と呼ばれる両開きの窓である。

日本の伝統的な開口のように横に引くものではなく、左右の戸を内側に引くことで開閉する。左右の窓を開けると、空気が勢いよく部屋の中に飛び込み、流れ込んだ空気が奥の部屋の窓を小さく揺する。部屋も目を覚ます。少し冷たい空気と遠くに聞こえる街の喧騒で、1日が始まる。

  • la fenêtre à la française

Episode2

パリの中心街近くの通りを行くとき、壁に開けられた無数の窓が目につく。建物は連続しているので壁の存在感が強い。どの建物でも同じようなリズムで開けられているので、開いているというより壁に点が打たれているようにも見える。

窓には鎧戸とアイアンの装飾、明るい色の花を植えたプランターが見られる。それらの壁に張り付くエレメントがパリの街並みを彩る助けとなっている。窓の内側にはカーテンはそれほど見られない。

そこにはパリの街を見下ろしている人影が見える。人影は学生やマダム、旅行者など様々で、それぞれパリの街を思い思いに眺めている。パリの街はいつも観られる対象であり、通りの窓はパリを眺める無数の眼である。

Episode3

通りに面する主室の反対側の部屋にある窓の先に、アパルトマンの中庭がある。日常の生活の中で、通りに向かう窓が表の窓、中庭に向かう窓はもっと小さな「裏窓」である。中庭に面する部屋は、台所や浴室やトイレ、子供部屋やクローゼットが多い。この窓には生活の機能が当てられる。

窓越しに見える景色は、キッチンで夕飯の支度をしたり、洗濯物をいじったりするマダムの姿である。窓からはラジオの音が聞こえて来る。子供達は窓の外を眺めて何かを指差している。ここから先に日が暮れていく。「裏窓」とカッコをつけて言ってみたものの、有名なアルフレッド・ヒッチコックの映画『裏窓』のようなドラマはここでは見られない。

  • 中庭側の窓には機能が与えられているものが見られる。
    上の写真は食物の保存箱。下の写真は窓に直接換気口が開けられている。

Episode4

  • マント・ラ・ジョリの聖アンヌ教会

年が明けたすぐ後の寒い冬の日、ロマネスクの教会を見にパリの街を少し離れ、セーヌ川沿岸の町マント・ラ・ジョリ (Mantes-la-Jolie) に行った。かつて町の中心であった広場に面したその教会は素朴であるが存在感がある。近隣に住む人に鍵を借りて中に入る。

中は暗く、厚い壁に開けられたガラスの入った小さく深い窓からは光が差し込んでいる。窓から差し込む光はほんのわずかしかない。外の音はほとんど聞こえてこない。張り詰めた空気の中には集中の感覚があり、そこでは静寂を聞くことになる。ロマネスクの体験は冬がいいと思った。

Episode5

窓からは予期せぬものが入ってくることがある。パリに住んで1年目のある平日の午後、部屋でゆっくり作業していたときに泥棒と出くわしたことがある。そのころ私はアパートの最上階の屋根裏に住んでいて、屋根の上を移動してきた泥棒が、なぜか誰もいないと思って私の部屋を選んで侵入してきたようだ。

パリの屋根裏には明かり取りのために「ドーマーウィンドウ」という小さな窓が開けられている。泥棒は屋根伝いにやってきて、この小さなドーマーウィンドウに大きな身体をねじ込ませ侵入してきたようである。泥棒も人がいて驚いたのか慌てて逃げ出したので、そのときは大事にならなくて済んだ。他にはハトや猫もこの窓からやってくる。

Episode6

「ドーマーウィンドウ」に関してもう一つエピソードを紹介しよう。1830年頃にパリを舞台にしてつくられたジャコモ・プッチーニによる歌劇『La Bohème』の中のアリア『Si Mi chiamano Mimi (私の名はミミ) 』では、この窓のある屋根裏に住む貧しい女性の感情が歌われている。

 いつもミサには行かないわ、
 でもね、神様にはよくお祈りをしているの。
 私は一人で住んでるわ、一人ぼっちで
 あの小さな白いお部屋に。
 屋根と空を見ながら。
 でもね、雪解けの時が来ると
 最初の太陽は私のもの。
 四月の最初の接吻は私のものなの!

パリのアパルトマンは大体が7層程度で構成されている。当時はまだエレベーターが普及していなかったことや、最上階の屋根裏部屋は天井が低く部屋は細かく分かれていたことから、富裕層は上層に住むことはなく、そこに住む人はほとんどが貧困層であった。

この小さな窓から差し込む冬の後の「最初の太陽」の光は、この場所に住む人々にとって喜びの対象だったのかもしれない。

Episode7

  • 夜の街並
    Photography : Yuta Awaya

仕事を終えて食事をし、仕事の仲間や友人とバーで会話を楽しんで1日を終える。夜も更けて眠気が顔を出し始めたので、友人たちと分かれて帰路につく。この街の寝床は深い。

家の前に着くとまずアパルトマンの前で大きなドアの鍵を開ける。そのドアを通り抜けて中に入るとすぐ目の前にまた大きな扉。これも他の鍵で開けて中に入り、古い螺旋階段を上った先にまた扉が見える。三度鍵を開けて中に入る。

分厚い壁を幾度も越えて奥へ奥へと入っていったこの部屋が私の寝床である。この深い場所にある洞窟のような部屋の中は息をしていないかのように静かで暗い。電気をつけて上着を脱ぎ、最後に窓を開ける。部屋の中に空気が流れ込み息を吹き返す。この街に自分がいることを感じる。私はこの窓が一番好きかもしれない。

まずは小さなエピソードから始めた。このエピソードは私自身の個人的な体験を中心とした些細なものではあるものの、似たような体験がパリの中、窓の周りで日々繰り返されているのではないだろうか。このエピソードと掲載した写真で、「パリの窓」のイメージを湧かせていただければありがたい。次回はもう一歩踏み込んだ違う断面から「パリの窓」へとアプローチしていきたいと思う。

 

 

 

舟木嶺文/Raybun Funaki 1987年茨城県生まれ。芝浦工業大学建築工学科卒業後、渡仏。2010年よりフランス国立パリ・ベルヴィル建築大学へ留学。2013年同大学院修士課程修了。フランス国家公認建築学位号 (Architecte DE) 取得。EZCT architecture & design research勤務を経て、2014年にTeePee Architects事務所を設立、代表。現在、パリを拠点に建築設計、改修、都市計画の活動を行う。
http://www.teepee-architects.com/

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