WINDOW RESEARCH INSTITUTE

連載 まどけんちく体操

第1回 パンテオン

田中元子(mosaki)

23 May 2016

Keywords
Architecture
Columns

驚異のドームに、一筋の光 パンテオン(イタリア・ローマ)

建物には、いくつかの穴が開いている。そのうち私たちが日常生活の中で触れている穴が、ふたつある。ひとつは「誰か」が出入りするための穴、出入り口。ひとつは「何か」が出入りするための穴、窓。

 

はじめて窓というものがこの世に現れた瞬間については、記述が残されていないらしい。昔々、ひとは外界から身を守るためのシェルターを求めて、建物をつくるようになった。最初に空けた穴はきっと、出入り口だろう。人々が次の穴に求めたものは、何だったのだろうか。光、換気、音、それとも……? とにかく、建物にもうひとつの穴が開いたその時、窓が誕生したのだ。建物の駆体にはじめて穴を開けた驚きと喜び、内部空間の劇的変化! それは察するに余りある、興奮の瞬間だったに違いない。

時はぐぐっと進んで、紀元前25年。ローマ時代、皇帝アウグストゥス(BC63-AC14)に命を受けたアグリッパ(BC63-AC12)が建造した、パンテオンという建物がある。パンテオンとは、万物の神という意味を持ち、ローマ神の神殿だった。現在も残っているのは118年に再建されたものだが、それにしたっておおよそ2000 年もの時を超えて現存しているのだから、恐れ入る。実際、ローマ神殿の中でも、保存状態が断トツに良好で、その理由のひとつには、ローマ神からキリスト教の時代へと移ってからも、教会として大切に利用されていたことが考えられる。通常、信仰される宗教が変わると、その宗教の神を奉る建物は、生き残れないことが多いのだ。

  • パンテオン内観。ドームの最頂部から差し込み刻々と動いていく自然光。
    Photography: Richjheath

円筒の壁の上には、屋根として半球のドームがかかっている。その直径は43.8m。鉄筋などの入っていない無筋のコンクリートドームとしては、今もって世界最大だ。その厚さは6mから始まり、ドームの頂点に向かうにつれて徐々に薄くなり、頂上部分では1.5mにまでなる。厚さだけでなく、部分によって素材も変えている。下の方では砕いたレンガを、中間ではそれより軽い凝灰岩を、頂上部ではさらに軽い軽石を、ベースとなるコンクリートに混ぜている。このように、上に行くほど薄く、軽くする工夫が、ドームの自重とその下の壁面にかかる負担を減らし、建物を成り立たせることができる。工学的な意味でも、英知を集結させた驚異の建築物なのだ。

  • Photography: irene

巨大ドームの頂点に開いているのは「オルクス」と呼ばれる、直径9mの正円の穴。いわば、パンテオンの“窓”である。「オルクス」はラテン語で「眼」という意味。長い歴史のなかで、これは逃げだそうとした悪魔が開けたものだとか、悪魔の目だとか言われて恐れられたこともあったというが、竣工当時はここから射し込む光が、内部の壁画をキラキラと照らし輝かせていたという。一筋の光が刻々と移ろっていくさまは、今もここを訪れる多くの人々を魅了している。

今回の「けんちく体操」は、パンテオンの「オルクス」をとり上げた。「オルクス」のない状態から、開いた状態、つまり窓のある状態へ。ひとつの天窓が、内部空間に与えてくれるドラマを感じて欲しい。太古、ひとが建物の駆体に初めて穴を開けた、その瞬間の驚きと喜びに、思いを馳せながら。

体操協力: 加藤紗希、ビルヂング

 

 

田中元子/Motoko Tanaka 1975年、茨城県生まれ。高校卒業後、独学で建築を学ぶ。2004年、大西正紀と共にクリエイティブユニット「mosaki」を共同設立。2010年より「けんちく体操」の世界発信をスタート。同活動は、2013年日本建築学会教育賞 (教育貢献) を受賞。2014年、建築タブロイドマガジン『awesome!』創刊。同年より都会にキャンプ場を出現させる「アーバンキャンプ」を企画・運営。2015年より「パーソナル屋台」プロジェクト開始。主な著書に『建築家が建てた妻と娘のしあわせな家』ほか。
www.mosaki.com

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